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フィリピン・カルチャー・ウォッチャー白野慎也のフィリピン・サリサリ・トーク
『旅の指さし会話帳フィリピン編』などの著者として知られる、フィリピン・カルチャー・ウォッチャー白野慎也がフィリピン語やフィリピンの現代文化について楽しく紹介する、フィリピン・フリークのためのブログ。
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たしなみ深いフィリピン人妻 vs 心の広い日本人妻

Sさんは、私の古い知人の一人。昔はシャイなロマンティストだったのですが、会社員となって、バンコク赴任になってからは、天賦の才能(?)が開花、今では札付きのスケベ中年男になりました。  、sさんは、日本人の妻子のある身ながら、バンコクでは遊興を三昧(ざんまい)。、キックボクサーのカレシのいるタイ人女性とも関係を持って、まともに顔を出して外を歩けないため、外出時はいつもサングラスをかけているとか。  そんな彼も、勤め人の身、赴任が明けて、泣く泣く日本に帰国となったわけですが、バンコクの酒池肉林のバラ色の日々が忘れられないらしく、今でもしばしば、仕事にかこつけてバンコク桃色行脚を続けているそうです。  感心したのは、そんな行脚を繰り返しているうち、バンコク行きの見え透いた言い訳などみんなお見通しの奥さんは、「変な病気だけは気をつけてね」と言って、コンドームを一箱渡してくれたそうです。 力なく、それを受け取ったSさんは、そのとき強い妻の愛情を感じたということです。 それで、Sさんは自分の行動を悔い改めたか・・・と言うと、決してそんなことはなく、「俺の女房は最高に理解があるから・・・・」とますます遊びはお盛んだとか。  このSさんの奥さんには、心の広さというか、懐が深さみたいなものを感じるとともに、フィリピン人の奥さんなら・・・絶対ありえないよなあ、と思った次第です。  なにしろ、フィリピン人奥さんは、旦那さんの浮気をきびしく管理するのは『良妻』の義務と思っているようなフシもありますから。当然秘密の夜はおろか、仕事のあと同僚と一杯というのも中々許されません。何の罪がなくても、疑いを持たれただけでひどい目にあいますからね。  それにしても、Sさんの行く末も心配です。タイ人女性も、気性は激しいと聞いています。また、タイでは死因の上位に『事故死』があると聞きました。客観的に見て、Sさんは、まともな死に方(天命を全うする)はできないかもしれません。只々、無事を祈るばかりです。


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フィリピン人との約束
*笑ってごまかしてもダメ!! 約束は守ってね!!(写真は著者の友人、本人の同意を得て掲載)


 先日、しばらくぶりに、あるテレビ番組の英文のインタビュー素材から英文を書き取り、日本語の要約をつける、という仕事の依頼がありました。いわゆる『映像翻訳』というジャンルのテロップ作りの依頼です。テレビ局のスタジオに行って作業し、1晩で○○万円のちょっとしたいいアルバイト。断ったのは、知人の経営する会社で行うキャンペーンの現場監督の先約があったからです。日本人的には、一度約束したら、後からもっと美味しい(条件のいい)仕事が入っても、先約を優先するのは当たり前のこと。先約の方を断るのなら、何かよっぽどの理由があって、筋の通った説明とお詫びが必要だと思います。それが私の考える従来型の日本の常識。もっとも若い世代の間では、必ずしも当てはまらないようですが・・
 
 さてフィリピンでは? これは一部の例外を除いて、あっさり、後から来た美味しい仕事に乗り換えてしまうのが常識化しているようです。しかもなんのことわりもなく。

 かつて、大阪で、フィリピンでは超ビッグな女性歌手兼、女優Sのコンサートが企画されていましたが、どこでどうことが転んだか、Cはドタキャン、東京から新幹線でコンサートの駆けつけた在日フィリピン人などから、主催者に苦情が殺到した。文句の一つや二つ、言いたくなるのを通り越し、チケット代の返却でも、収集できない大変な混乱だった言います。

 かのスターは、日本の別の場所で、コンサートを開催。大阪のコンサートよりも美味しい条件のオファーが後から入り、あっさり何の連絡もなく、美味しくない先約の方を蹴った、というのが真相だと言われています。
  
 彼女ほどメジャーではなくても、同様の話は何度も聞いています。また、これは何もコンサートや有名人の招聘(しょうへい)にとどまらず、一般のフィリピン人でもありがちなことです。

 なぜそうなってしまうのか? 一つには、目先の利益優先主義で、『不義理』したことが自分のキャリアや社会的信用など後々への影響を考えない、という思考回路と「すべての問題は時が解決してくれる」という生来の根拠のない楽天主義が大きな原因だと思う。

 まだ、明日のお米を買うお金もないフィリピン人がこういうことをするならまだわかるが、スーパースターでもこんなことをやっているから困ったものだ。

 もっともこのししい仕事への乗り換え法則は、日経や欧米系の企業人、ビジネスシーンでしっかりと成功を収めているフィリピン人には当てはまりません。彼らはしっかり、約束は守り、時間厳守で仕事をします。フィリピンには本当にたくさんの『基準』があるものですね。

 話は変わりますが、フィリピンと付き合いの長い人は、2つのタイプに分かれていくようです。
一つは、自分もフィリピン人化して、約束にもいい加減になっていくタイプ。もう一つは、フィリピン人のいい加減差にあきれて、日本人的な几帳面さがますます研ぎ澄まされていくタイプです。

 私もかつて、『いい加減タイプ』になってしまって、遅刻常習者になり、知人を怒らせて『絶好』されてしまったことがあります。この一件は、私にとってはある意味すごくいい経験になり、一般のフィリピン人と普通の日本人と付き合うとき、はっきりと心のギアをチェンジするようになりました。日本人と接するときは、フィリピンスタイルになれた人であっても、必ず、日本式に『時は金なり』、『先約優先』の原則に立って行動するようにしています。

 幸い、絶交されてしまった知人からも、私が心から悔いて、自らを改めたことが通じたのか、恩赦を受け、再び復縁することができました。

 みなさんは、フィリピンとの交流の中でどっちのタイプに変身していくのでしょうか?
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フィリピン式プライバシーの守り方~子供はみんな知っている?!
*彼女たちも、子供たちもフィリピン人なりのたしなみを心得ている?!(セブ市にて、著者撮影)

 フィリピンでは、狭い家に大勢に家族が住んでいます。

 特にスラム街では、本人と兄弟、両親、おじいさん、おばあさん、そしておじさん、おばさん、いそうろうなど、一族プラス・アルファーが、折り重なるように、暮らしている家もあります。ひどい家では、工場の3交代制のように、大勢の家族が、時間交代で、すみかを分け合っています。夜8時から午前4時まではグループAが寝床に使い、以降8時間刻みで基本の睡眠時間帯シフトを決めて1つの家を24時間交代で分かち合う。食事ももちろん同様に、というような具合です。

 こんな一般庶民の家庭で、夫婦のプライバシーはどうなるのでしょうか? 
 どうにかなるんです。というより、どうにかしているんです。お互いに知ってちゃいけないことは知らないふりをする、という方法で。

 当然、お父さんとお母さんの愛の営みを子供たちが目にする機会も多くなりますが、何でも知っている子供たちはしっかり知らないふりをするのです。それで家族の中のプライバシーがまあ、一応保たれているわけなのです。

 ある夜、お母さんが出稼ぎで長期に海外での仕事に出かけたとき、お父さんは、浮気をしてしまいました。そして仕舞には、お相手の近所の女性が、夜な夜な、みなが寝静まったころ、家の中に忍び込んできて『みだらな行為』に及んでしまったのです。

 子供たちは、寝たふりのしながら、2人の一部始終を見聞きしていたのでした。
 出稼ぎの契約も切れて、晴れてお母さんが帰ってくると、浮気相手も風のように去っていき、『何事もなくめでたしめでたし』、となるはずだったのですが、「お父さんは元気にやってた?」というお母さんの質問に対する子供の答えで状況が一変してしまうのです。

 子供は悪びれることもなく、何の他意もなく、「親切なお姉さんが毎晩遊びに来て・・・」。
 嫉妬深いフィリピン人妻のこと、懸命なみなさんなら、このお父さんかどんな運命をたどったかは大体見当がつくと思います。
 
 夫は、始めは自分の非を認めて、妻になされるまま、散々平手打ちされ、殴られ、蹴られました。しかし、妻の暴力に堪忍袋の尾が切れたのか、ちょっと反撃したら、今度は、妻は包丁を取り出して、夫の体を数ヶ所刺し、夫が瀕死の重傷を負ったところで、運良く救急車がたどり着いて、一命は取り留めたということです。
 子供たちは、最後までは、お父さんのプライバシーを守り通せ中ってのですね。でも子供が大きくなったとき、このお父さんとお母さんの修羅場を見た教訓から、『シラは最後まできり通せ』というポリシーを守っていくのではないかと思います。

 こんな話も聞きました。日本人男性Pさんが、フィリピーナの彼女に会いに、フィリピンを訪れたときのこと、彼女は親友のフィリピン人女性を連れてきました。空港の出迎えから、食事、最後はホテルでのおやすみタイムまで友だちは同行してきたのです。3人でホテルのツインルームに眠る夜。Pさんは、あーあ、今晩は甘い愛の営みはないな、と覚悟したというのです。3人は、はじめツインベッドで身を寄せ合って横たわっていました。しかし、彼女はちゃんと(?)誘ってきてくれたのでした。

 意外な展開にPさんもすぐに戦闘体制になり、野獣のように雄たけびを上げながら、むさぼる様に愛し合ったというのです。友だちの女性はというと、ことが始まると、バスルームに避難し、翌朝、愛し合った二人は、バスルームで耳を両手でふさぐようにして眠り込んでいる友だちを発見したということです。当然(?)その友だちは、目覚めてからも、前夜のことについては一言も語らず、何事もなかった様に二人に接したといいます。

 狭い家・空間に多くの家族が暮らすフィリピンの庶民の世界。プライバシーを保つ生活の知恵は、『知らんぷり』というとてもシンプルな方法だったのです。
一味違ったフィリピン人のデリカシー~ちょっと『オシ○コ』してくるわ
*ビューティー・クウィーンの君も? やっぱり「ちょっとオシ○コ・・・」と言うのかな?(ミンダナオ東北西部、北サンボアンガ州の小さな町のビューティー・クウィーン)

 私がフィリピン人と接していて、よく日比のデリカシーの違いに遭遇します。
いっしょに話をしていたり、食事をしているときに、うら若いフィリピーナが、「ちょっとオシ○コしてくるから待ってて」といって中座するのです。日本人の女性なら、「ちょっと化粧室へ」、あるいは、まったくそんなことには触れずに「ちょっと用があるから少し失礼します」など、遠まわしな表現をすると思うのです。
 わざわざ「食事の席を中座して、『オシ○コ』はないようなあ。男ならまだしも、若い娘なのに色気ないなあ。ちょっとデリカシーが違うんだよなあ」とまだフィリピーナ慣れしていない頃は違和感を感じたものです。

 最近は、ずい分と慣れて、「ちょっと『オシ○コ』・・・」と言われたら、「どうぞごゆっくり、オシ○コでも『ウ○○』でもご遠慮なく」なんて、われながら下品だなあと思うようなことを平気で口にしてしまいます。そんなときも、たしなみ深い『フィリピン撫子』たちは、ちょっと怒ったような顔をして、「ウ○○なんかじゃないわよ」と、またこちらが言ったことを復唱しながら反論してくるので、思わず笑ってしまいます。

 デリカシーの違いと言えば、おトイレ関係のことだけではありません。今でも不思議に思っているのは、「ハクション」とくしゃみをしたあとで、まわりに誰もいなくても、"Excuse me."と言っているのです。くしゃみがとまらないときなどは、特に滑稽です。「ハクション、エクスキューズ・ミー。ハクション、エクスキューズ・ミー。ハクション、エクスキューズ・ミー・・・」の一人芝居が延々と続くのです。本人には気の毒ですが、私は誰もいない事務所の入り口で彼女に気づかれないように観察しながら、笑いをこらえるのに必死でした。

 フィリピン人の彼女(彼氏)や配偶者のいるみなさん、これからの長~いお付き合いの中で、デリカシーや文化の違いなど『不思議探し』とその発見は、大きな楽しみの一つになると思いますよ。

 みなさんは、フィリピン人の彼女や彼のどんな不思議を発見しましたか?
謙譲の悪徳~日本の常識はフィリピンの非常識!!
★愛する人よ その笑顔をいつも忘れないで!!(写真は本文とは関係ありません)

 日本には『謙譲の美徳』という概念があります。自分や身内のことは控えめに言うという、従来の日本の『常識』ですね。特に私(昭和30年代生まれ)以前生まれの方には、日本人のマナーとして意識の中にしっかりインプットされていると思います。
 おみやげを人に差し出すとき、「つまらないものですが・・・」、「ウチの息子なんてバカで、健康なだけがとりえですよ」、「ウチの女房は見掛けは悪いですが、気立てのいいヤツでね」なんていう言葉がその典型的な例で、日本人同士ならそのまますんなりと会話が流れていくでしょうし、逆に「これはすごいおみやげですよ。高かったんですから」とか「ウチの息子は頭はいいし、スポーツは万能だし」とか「ウチの女房は美人で性格もよくて最高の女房ですよ」なんていったら、「何この人? イヤミな人、傲慢な人、ぶしつけな人、親バカ、常識のない変な人」といった評価を受けてしまうでしょう。

 しかし、これがことフィリピン人相手だと、受け止められ方が全然、違ってきます。おみやげを渡すときに「つまらないもの・・・」なんていったら、「つまらなくて自分は要らないからくれるのか?」と言葉どおりに受け止められますから、うれしさも半減以下になってしまうでしょう。
 ですから、たとえば「これおみやげです。一生懸命選んでみました。みなさんの好みがわからなかったんですけど、気に入っていただけるとうれしいんですが・・・」というようなストレートで前向きな言葉を添えるべきだと思います。

 そうです。おみやげもウチの息子も『謙遜』してもそれほど問題になりません。『取り扱い要注意』なのは、フィリピン人の『ウチの女房』、『ウチの旦那』なのです。たとえば、奥さん同席の場面で、話し相手に『ウチの女房は見掛けは悪いですが・・・』、『ウチの女房はスタイルはイマイチですが』とか『ウチのは美人かもしれないですが、頭が悪くてねえ』などと、言ったら、個人差はありますが、フィリピン人の奥様は一瞬のうちに、深く傷つき、人前で侮辱されたと怒ることは間違いありません。言葉を100%、文字とおり受け止めてしまうからなのです。
 
 そうです。フィリピン人にとって通常、『謙遜は侮辱』であり、『謙遜は悪徳』なのです。

 そして『侮辱』によって生まれた、その怒りの表現は、奥様が育った環境などによっても違います。「自分の不快な感情は、人前で表してはいけないよ」とお母さんやおばあさんにきびしく教え込まれたフィリピーナならまだ救われます。その場での『制裁』は免れるでしょう。しかし、普通のフィリピーナなら、カノジョを侮辱したその瞬間から急に不愉快な顔になり、話し相手の見えないところでお尻を思い切りつねられたり、「ナンデ ソンナコト イウノ?」とか「ワタシヲ バカニシタナ」といって猛反論してきたり、場合によっては、その場ですぐ席を立っていなくなってしまうこともあるかもしれません。
 話し相手と同席中は、『制裁』を逃れた旦那様も家に帰ったらただではすまないでしょう。『なぜ人前で自分を侮辱したか』について、しつこく尋問され、あなたの答えが納得いくものでないとそれがだんだんと肉体的な暴力にも発展していくこともよくあります。拳骨で叩く、平手打ちする、ひっぱたく、蹴る。感情を抑えられなくなったフィリピーナは時に本当にこわいですのでご注意下さい。近くに刃物があったりしたら、命にかかわりますよ。

 おとなしい奥様でも、何日も(場合によっては何ヶ月も)口を利いてくれなかったり、ご飯を作ってくれなかったり、同じベッドや隣り合った布団で寝ることを拒んだり、『心ならずも犯してしまった侮辱』の代償は大きいのです。

 では、どうすればいいのか? 彼女たち(彼氏たち)に『謙譲の美徳』という日本の美意識を可能な範囲(日本人側の言語力と日本人の価値観・美意識を理解させようという熱意に応じて)で、早いうちに説明しておくべきだと思います。また、「悪しき感情を人前で表すことはマナーに反する」ということもあわせて説明しておくと、少なくとも、人前でみなさんがフィリピン人配偶者の、日本式マナーに反する行動で恥ずかしい思いをする機会は減るでしょう。

 ただ、いくら日本の『常識』について頭でわからせたからといって、日本式『謙遜』で奥様(旦那様)を『侮辱』しまった以上、家に帰ってから、あなたの『安全』は保証の限りではありません。『侮辱』したからには、そのたびに十分な説明と謝罪が必要なことは間違いなさそうです。 

 国際結婚は日々外交。文化の壁を乗り越えるための『説明責任』が強く求められるのは、国際政治・外交の分野だけではなさそうです。先輩カップルのみなさんの幸せで平和な結婚生活のための『外交努力』に期待しております。jessel2.jpg


フィリピン~やさしさ大国としての一面
フィリピンの日々のニュースのメインを飾るのは、殺人・麻薬・事故など、暴力・犯罪・危険にあふれたものばかり。しかし、それはフィリピンの一面であって、ひとたび庶民の生活空間に入れば、やさしさと思いやりにあふれた社会であることも間違いない事実です。

 フィリピンの社会には、いろいろなレベルでの序列があります。一般的なものは、経済力による序列・学歴による序列・年功序列などが代表的なのとして挙げられます。
 フィリピンパブなどでも、『クーヤ:お兄さん』、『アーテ:お姉さん』、『ブンソ:年下の兄弟』という言葉をよく耳にする機会があると思います。ここにも擬似家族の概念の中で、年功序列社会の構造が見て取れますね。

 一方、日本では急速に高齢化が進んでいますね。先日こんな光景に出くわしました。
 JRの車内の優先席前での会話です。ドアが開いて、駅から老人たちがわれ先にと優先席を目指します。あっという間に優先席は老人で埋まりました。幸いにも元気あふれる若者がさっと席を確保して1人半分のスペースをとってふんずり返ったりする光景は見ないですみました。まあよかったな、と思っていたとき、席を取れなかった80歳くらいの老人が目の前に座っているこれまた老人に興奮した口調で話しかけました。
「あなた、私がちゃんと並んでいるのに後ろから割り込んでずるいじゃないですか。私は80ですよ。あんたいくつですか?」
話しかけられた老人は一瞬あっけに取られた様子で
「私は70ですけど」
と答えました。すると80歳の大老人は、
「70なんてまだ若いんだから立ってればいいんですよ」
と独自の老人の定義で、追い討ちをかけます。
これには70老人もすぐさま反論。
「私もあなたも同じ老人ですよ。私もここに座る権利があるんです。私の方が前に並んでいたから座れたんです。私に何もやましいことはありませんよ」
 周辺の乗客は、たちまち2人の『老人』の戦いに注目。80大老人が反論します。
「私は何も席を譲れって行ってるんじゃないんですよ。大年寄りを押しのけて座って、前に立ってても平気なあなたは思いやりがないって言ってるんですよ」
70老人もまた反論。
「あなたはもう引退してご隠居の身分だと思いますがね。私はまだ仕事やってて疲れてるんですよ・・・」
 この二人の『戦い』はどんな風に終結するのか非常に興味があったが、目的地に到着して未練を残しながらも私は下車しました。
 
 高齢化の中で、老人の中でもさらに細かく年功序列をつけなきゃいけないのかなあ。たとえば若老人、老人、大老人など・・・なんて他人事のように思いました。しかし、そもそも『優先席』なんてものがあること自体、そんなものをわざわざ作らなければいけない社会が、思いやりにかけた日本の社会の一面なんだなあと思ったのです。

 フィリピンに目を転じると、ジープにしろ、トライシクルにしろ、バスにしろ、優先席なんてありません。しかし、老人や妊産婦が乗り込んでくれば、若者は黙って席を譲るし、さらに女子学生が乗り込んでくれば、男たちは黙って席を立って譲るレディファーストも当たり前のように定着しています。ジープに子供が乗り込んでくれば、転ばないようにと乗車口近くの乗客が子供の手を取ったり、抱き上げて乗車を手伝い、障害者が盛り込もうとしたら、乗客は一度下車して障害者を抱え挙げて乗車を手伝うといったような思いやりが当たり前のこととして社会常識のように定着しているのです。

 ときどき、フィリピンにそこそこ深くかかわっている人が、「フィリピン人はしつけられていない国民だ」とか、「フィリピン人の子供はしつけがなってない」などという日本人がいますが、大間違いだと思います。フィリピン人には日本人とは違った、フィリピン人なりのしつけや常識があり、現代の日本の子供たちより(大人たちも?)よっぽどしっかりしつけられているとも思います。

 若老人VS大老人の戦いの一件以来、『優先席』のある国の一員であることを恥ずかしく思い、やさしさの国フィリピンを改めて見直した私です。
永遠に咲く魔法の花「プリザーブドフラワー」
フィリピン人の栄養感覚
クリスマスまで、ちょうど2ヶ月、フィリピンでは本番に向けてますますカウントダウンが日々熱を帯びてきていることでしょう。というわけで、クリスマスプレゼントに関する投票、もう奥様がいる方も、彼女・彼女候補がいる方もよろしくお願いいたします。また、本物の愛のゴールに達するまでの道のりのけわしさ(?)を計る投票もご協力よろしくお願いいたします。
 今日の話題は、フィリピン人の栄養感覚です。私は、1989年8月に、やはり当時17歳のエンターテイナーとつかの間の恋に落ちて以来、平穏無事なサラリーマン稼業から徐々に方向転換。1993年から1994年、会社を休んで、マニラのスモーキーマウンテンという当時東洋最大のスラムと言われた場所で、子供たちのためのボランティア活動に身を投じたことが、フィリピーナだけではなく、フィリピンの文化、映画、音楽などフィリピンのすべてにどっぷりはまり込み、今はフィリピン・カルチャー・ウォッチャー(フィリピン現代文化研究家)となってしまう決定的な転機になってしまったわけなのです。
 子供たちのためのボランティア? それはスラムの子供たちに学費や学用品を与えて小学校に通わせる、「奨学金プラン」や、子供の親たちが就業のために、裁縫・自動車整備などの技能を身につける「就業支援プラン」、身寄りのないストリートチルドレンの社会参加・更正のための施設の運営など、いろいろなプランを実行する民間ボランティア団体の一員として私は活動していました。
 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンというかなり実績を挙げているNGOのマニラ事務所には、いろいろな専門家たちが在籍していました。教師、栄養士、看護婦、ソーシャルワーカー、自動車整備技師、裁縫訓練師、地域開発プランナーなどです。
 今日、紹介したいのは栄養士のテスです。テスは本名はマリテス、小柄ですが、笑顔がさわやかで、褐色の肌が健康的な、典型的『フィリピーナビューティー』でした。彼女は当時ピナツボ火山の噴火で被災した子供たちへのフィリピンスタイルの小学校教育プランの栄養指導を担当していました。そんな彼女が突然やせ始めたのです。「どうしたの?」と聞いたら、なんと「栄養失調なの」と言いました。
「えっ、栄養失調の栄養士?」私は一瞬、笑いをこらえられませんでした。
「1日何回ご飯を食べてるの?」と聞くと、テスはちょっとはにかみながら「1回」と答えました。
 ちょっと待ってくださいよ、人に栄養指導する本人が、1日1回しか食事しないで、栄養失調になりながらじゃ、満足な栄養指導もできないでしょう。それにそんな人が指導しても説得力がないよなあ。
 私はそんな言葉を心の中でつぶやきながら、フィリピンのひとつの現実を知ったのです。
 こんなことがありました。「フィリピンでは1日いくらあれば生活できるかなあ」と、やはり事務所の同僚に尋ねました。彼は、平然と「あるだけのお金で生活するだけだよ」と答えました。「1日3食できるお金があれば3食するし、1食分のお金しかなきゃそれで我慢するし、一文無しなら食べられないってわけさ」と、彼は笑顔で付け加えてくれました。何とわかりやすく、また過酷なフィリピン経済。
 「今日の夜は何食べようかな」なんて悩むこと自体が、一部の先進国の人々だけに許された贅沢なんだと実感した出来事でした。
 ですからフィリピン人の奥様をお持ちの方、お子さんの食事も奥様任せにしておくと大変なことになりますよ。

嫉妬は愛情表現~愛されるってコワ~イ! 命がけ?
「ハイ。ジーナ!」
 僕は行きつけのマニラのジャパニーズカラオケ(フィリピンパブ)に入るやいなや、なじみのタレントにあいさつした。
 「人でなし。浮気もの」と言うが早いか、しっかりとこぶしを握り締めた、彼女の渾身の『パンチ』がいきなり返ってきた。僕はその愛の洗礼を正面からまともに食らってしりもち。いつもなら彼女は笑顔で「ハイ、ジェシー(私のあだ名)」と返事を返してくれるはずなのに、何でこんなことを?

「何で?」
 身に覚えがない。そもそもジーナと私は、マニラの、あまりはやっていない日本人向けのカラオケで知り合った『お友達同士』に過ぎなかったからだ。
 でもその後、私のその思いはすぐに自分の誤解であると知った。
 ジーナは言った。「あなたはいつも私を指名してくれたでしょ。あなたのこと、もう私のボーイフレンドだと思ってたのよ」
 彼女は実際、とっても楽しい『癒し系』の話し相手だった。ただ誤解を説いておく必要がある。
「ちょっと待ってよ。君が僕のガールフレンドなんて1回も言ってないよ」と僕は自らの無罪を証明するかのように事実関係をはっきりさせた。このことがジーナの熱くなった心に日を注いでしまったのか、彼女は、泣きじゃくりながら拳骨で私の体中をしこたま叩いた。すぐにウェイターやママさんが駆けつけたが、私は彼女が怒られたり、ペナルティを課されたりするのがいやだったので
「何でも、ないよ。大丈夫だ。お騒がせしてごめんね。僕が悪かったんだ」と言って平静を装うと、僕ら二人によってきた人の波は、スーッと引いて事態は一応収拾した。鼻の下の辺りに生暖かいものが流れたのを感じたので右手のこうでぬぐうとなんと鼻血。
 あ~、浮気者の汚名を着せられて、殴られて鼻血とは・・・何か情けなかった。結局その日は、そのまままっすぐマニラの我が家に帰った。

 ふたたび同じ店を訪れたとき、また、ジーナを指名して、話を聞いた。ジーナはそのときはもう冷静だった。しょっちゅうではないが、時々その店に行くと、いつも彼女を指名していたのだ。しかし、彼女がたまたま風邪を引いて休んだときに、他の女の子と楽しそうに話していたのが腹が立った、というのだった。いつも僕が彼女を指名していたから、彼女は、僕が彼女に気があると思い、彼女も僕を気に入ってくれたようで、勝手に発想が飛躍して「ジェシーは私のカレシ(ボーイフレンド)」という思い込みをしていたのだった。

「じゃ、僕はどうするべきだったの?」
興味があったので聞いてみた。
「あなたが私のボーイフレンドなら、まっすぐ家に帰ってすぐに私に電話をくれなきゃダメ」
う~ん、すごい独占欲! 仮に本当に僕がジーナのカレシなら、他の若い女性と親しく口を利いてもいけないのか? 他の若い女性と親しく話をするたびに『愛のパンチ』で鼻血を流さなくちゃいけないのか?
僕はこのとき初めて「愛されるってこわい!」と思った。
 知り合いのフィリピン人で、本当に浮気したMR.パロパロなどは、彼女にピストルを持って追い回され、逃げおおせたのはいいが、その後、カノジョは浮気相手の女性の家に行って、発砲したというのだ。1発が肩に当たり、近所の人がすぐに警察を呼び、事態は収拾されたが、怪我を負った女性が救急車で運ばれるとき、ビールビンを力いっぱい救急車に投げつけ「パーン」と銃声のような乾いた音が夜の闇に響き渡ったと、MR.パロパロは語ってくれた。想像しただけで背筋が寒くなる。愛されることも命がけだ。
 
 「嫉妬は愛情表現の1つである」というのはよくわかる。しかし、「夫や恋人の浮気をいつも警戒して嫉妬の情をストレートに表現するのは淑女のたしなみだ」というのはちょっといかがなものか? 実際こういう『美意識』を自慢げに語るフィリピーナに何人も出会った。
 「嫉妬は淑女のたしなみ」、しかし、その表現が、『パンチ』や『銃撃』とは? ちょっと私の『美意識』にはマッチしないなあ。みなさんはいかがだろうか? 身に覚えがある方どうかご用心、ご用心。

ギネスに挑戦! 小型タクシーに11人乗り~満員の定義
日本で『満員』と言ったら、普通バスにしろ、電車にしろ、座席が埋まる状態を言います。これが乗車率100%です。しかし、やはりわが愛するフィリピンには違う常識がありました。私はフィリピン滞在中は、音楽CD売り場の店員やその友達といっしょによく、遊びに出かけます。
 ある夜遊びの日、夜8時、みんなとの約束の時間です。日本代表の私はまだ『悪い癖(?)』が抜けずに時間通り到着。当然、誰も来ていません。今日の幹事役の友達は「参加者は7人だ」と言っていました。1人が大型ワゴンを持ってるからそれに乗ってみんなで、温泉に行こうという計画です。私は、「しまった。早くつきすぎた」と正直少し後悔しました。30分過ぎて1人、それからぽつぽつとメンバーがそろい始めます。誰も「遅くなってごめんね」なんて一言も言いません。これもまた、フィリピン流。気にしない、気にしない。そして、7人目ワゴン車を持った彼が現れたのが、11時。さあ、全員そろったぞ、と思ったら、その彼いわく。「車は兄貴が乗ってっちゃった」。しかも彼は2人の友達を連れてきました。
 えっ、じゃ車はどうするの? と僕の心配をよそに。「近いからタクシーで行こうよ。夜出し渋滞もないし。」の参加者の一人の言葉で。タクシーに乗ることに。しかし10人でどうやってタクシーに分乗するのかな。道はすいてるけどタクシーは少ないし。運の悪いタクシーが1台捕まりました。われわれ一同10人はその小型タクシイに重なり合い、横になり、縦になり、押し合い、へし合い、しかし和気あいあいと全員無事に乗り込んだのでした。タクシー運転手を含めて11人。私は『これは温泉じゃなくて行き先買えてギネス認定委員会に行ったほうがいいね』と言ったら、一同大爆笑。楽しい真夜中のハイキングを楽しみました。
 このように、フィリピンでは、『満員の定義』が、明らかに日本と違います。物質として乗り物の中に詰め込める人数の限界、それが本当の『満員』なのです。
 ですから、先進国の『満員』の発想を元に設計させた船や自動車に、フィリピン的『満員』の乗車、乗船をしたら、バランスを崩して横転などの事後が頻発するのは無理なないところです。また、船に関しては、長距離をきちんと泳げるフィリピン人は少ないため、一端船が転覆して海に放り出されたりすると、余計に死者が増えるわけなのです。
 『郷に入らば郷に従え』とは言いますが、これだけは時にちょっと従えない場合もありますね。
いたー、それにしても世界にはいろいろな常識があるものですね。
いまだ消えぬ戦争に傷跡~されどフィリピン人は・・・
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みなさんは今年5月末、フィリピンのミンダナオ島で元日本兵発見のニュースが飛び交ったのを覚えていますか? 私はそのとき、弊著『旅の指さし会話帳(14)フィリピン』第2版執筆の取材旅行でミンダナオ島西部のココナッツの茂る山の中を、デジカメ片手にフィリピン人の友人と歩いていたいた。同著の発売元の情報センター出版局の編集者の方から携帯電話をもらってニュースを知ったのです。結局は幻の元日本兵は出てこず、外務省もマスコミも踊らされただけだったのですが、私はここで問題にしたいのはこの件に関するフィリピン人の反応です。
 私はこの事件のことを聞いたとき、素直に信じ、60年もの間、終わった戦争に自分の人生の大半を捧げた同胞にただただ「気の毒だ」と同情。しかしフィリピン人の友人たちの反応は違いました。彼らは口々に「昔、日本人は悪いことをしたのね」と言ったのです。
 たしかに、立場が変わればフィリピンはアメリカ、そして日本に一方的に侵略されてきたのです。戦争の認識と被害者意識は、20歳前後のフィリピン人の心の中にもしっかり刻み込まれているのだなあ、と再認識したのでした。
 ちょっとしんみりした私の気持ちを知ってか知らずか、友達の一人が言いました。「でももう終わったことだよね」 私は少し救われたような気持ちになりました。良くも悪くもフィリピン人の『昨日を忘れる哲学』を実感した出来事でした。(その日私はこんな風景の中をフィリピン人の友達と歩いていました


トイレとレディーファースト~フィリピン人のデリカシー
リトは私の旧友。本名はアンヘリト。私がフィリピンのボランティア団体に籍を置いていたとき、仕事も食事もプライベートも、よく行動をともにしました。ある日、事務所の仕事が終わって、リトとともに事務所を出て帰路へ。ジープが来て、私があわてて乗ろうとすると、リトが『プスーッ』と口を鳴らし、片手で行く手をさえぎるのです。あっけに取られた僕は"Bakit?(バーキットッ:なんで?)。彼はまたしても言葉ではなく、唇をつんと尖らせて、唇の先で後ろ側を見ろと促しました。そこには純白の制服姿がりりしい看護学校の女子学生の一段が・・・ウーン、なるほど、これがフィリピン人のレディファーストか? と一瞬感心する私。そしてわれわれ二人笑顔で、女子学生たちを先に乗らせるのでした。当然彼女たちはありがとうなどとは言いません。これもまた、ジープの作法。フィリピンでは常識なのです。そして彼女たちが、つつがなく乗り終えた後、われわれは乗降社口に手すりを持って乗車。折からの雨に打たれてビショビショの帰宅となりましたが、気分はフィリピーノ。爽快な帰宅でした。
 このリト君には、こればかりではなくずいぶんとフィリピン的作法を教わりました。彼は常日頃から、髪の毛を短く刈り上げているのですが、しょっちゅう、くしを取り出してはこれでもか、これでもかと髪の毛をくしでとかしつけています。見た目は何にも変わらないのですが。いっしょにSM(シューマート:フィリピン全土に店舗を持つ大型スーパー)に行ってトイレに入って小用を終えた後も、彼は手を洗うより前にくしを取り出し、鏡を見ながら納得行くまで髪の毛をとかしつけ、さんざん人を待たせたあげく、「Tara na(タラ ナ:さあ行くぞ)」と人をせかすのです。当然手など洗いません。この出来事があって以来、トイレでいつもフィリピン人たちをウォッチングしているのですが、手を洗っているフィリピン人は100人に1人いるかいないかと言ったところです。
 女性に対する細やかな心配りと、奥さんがいようが、彼女がいようが、新しい恋人を次々作ってしまう、いいかげんさ。髪型には神経質なくらい気を配りながら、トイレのあと似ても洗わない。やはりフィリピン人には、われわれ日本人とは違ったデリカシーがあるのです。
 かく言う私も、60%くらいはもうフィリピン人化している様で、時々日本人の感覚についていけなくなりつつあるときがあります。Bahala na.(バハーラ ナ:まあいいか)
マニラってどこ? 地図で遊ぼう!
みなさん、フィリピンの地図をよくご覧になったことがありますか? フィリピンの首都マニラはどこにあるか地図上ですぐに指し示すことができますか? そんなの簡単さという方はなかなかのフィリピン通ですね。もうお気づきかもしれませんが、フィリピン人にフィリピンの全土地図を見せて「マニラってどこ?」と尋ねて見てください。まず90%は正確な位置を示せないと思います。私は、フィリピンパブに行くときだいたい弊著をもって行きます。そしていつも話題にするのが地理の問題です。
 知らばっくれて「僕はマニラの場所がわからないんだけど、ちょっと地図の上でどこだか教えてくれる?」と質問するのです。(私は結構正確悪いですね:笑)するとほぼ100%、答えられません。ミンダナオ島を指さしたり、ルソン島の北の方を指さしたり、はたまたルソン島の山の中を指さしたり・・・
というわけで、フィリピン人は『地理』はものすごく苦手です。セブ島となるとなおさらです。
 フィリピン地図をお持ちの方、身近な奥様や彼女をテストして見てください。正解できたら彼女はたぐいまれな教養人といっても過言ではありません。
*弊著『旅の指さし会話帳(14)フィリピン』をお持ちの方は、第2版だと22~23ページ、旧版だと52~55ページにフィリピン全土地図があります。

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